戦後、日本は食糧難に陥り、特に子どもの栄養失調が問題となりました。そんな中、飢えに苦しむ人々のために様々な団体が援助を行っており、ユニセフも子ども達に向けて学校給食の支援を行ってきました。今の若い人はあまり知らない「ユニセフ給食」についてご紹介しましょう。

戦後にはじまった全国学校週間

毎年1月24日から30日は全国学校週間と定められています。これは子どもやその保護者、学校職員、地域住民が学校給食の意義や役割について理解と関心を高めるための期間です。
日本は明治22年から学校給食が存在し、県や地域によって食育に関する様々な行事や取り組みがされていますが、戦争により一度中断します。

戦後は子どもの栄養状態が悪化したことで、国民の多くが学校給食の再開を希望しました。その声を受け、昭和21年6月に米国LARAが給食用物資を寄贈し、翌年12月24日に贈呈式が行われました。学校給食は同年1月から再開され、贈呈式が行われた日を「学校給食感謝の日」と定め、昭和25年度から学校給食で教育効果を促進させる狙いから全国学校週間を定めました。

《参考》70年も前から続く「全国学校給食週間」とは?

ユニセフが行った日本に向けた援助

学校給食はLARAの支援をきっかけに再開しましたが、ユニセフも日本に支援をしていました。全国学校給食週間がスタートする前の昭和24年7月、日本では物資が届かない状態に陥りました。

飢えに苦しむ子どもを見た進駐軍の人がユニセフに援助要請を送ってくれたそうです。その後、ストレーラーというスイス人の女性が日本に来日し、ユニセフの代表として全国40万の保護世帯の子ども達に衣類をプレゼントしました。日本の代表は彼女に感謝の言葉を伝えますが、「なすべきことをしただけ」と答え、早く子ども達が元気になることを祈っていました。

また、ユニセフは衣類だけではなく衣類を作るための原綿、さらに学校給食に出す脱脂粉乳、医薬品など、金額に換算すれば65億もの援助を行っていました。この時代に生きた子ども達はユニセフが届けてくれた脱脂粉乳で飢えを凌いでいたと言われています。

今は援助がなくても食べられている学校給食ですが、かつてはそれも満足に食べられない時代が続きました。そんな時代、日本はユニセフをはじめとした支援団体の援助を受け、学校給食を実現してきました。

日本はユニセフ給食や衣類などの提供に強い感謝の念を抱き、それをきっかけに日本ユニセフ協会は誕生したそうです。食は今でも健康面を支える重要なものなので学校給食や食生活について考え直し、またユニセフへの取り組みにも関心を向けてみましょう。